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大阪地方裁判所 平成6年(ヨ)225号 決定

債権者

甲田乙治

右代理人弁護士

小林保夫

債務者

近藤化学工業株式会社

右代表者代表取締役

近藤力

右代理人弁護士

西村日吉麿

前川清成

主文

一  本件申立をいずれも却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

理由

第一事案の概要

本件は、債務者が就業状況不良、雇用時の経歴詐称等を理由として、債権者に対してした普通解雇について、債権者が、その無効を主張し、債務者に対し、労働者として仮に取扱うこと及び賃金相当額の仮の支払いを求めた事案である。

一  申立ての趣旨

1  債務者は、債権者を、債務者の従業員として仮に取り扱え。

2  債務者は、債権者に対し、平成五年一一月二六日から本案判決確定に至るまで、毎月末日限り金二二万八九九〇円宛を仮に支払え。

二  基本的事実関係

疎明資料(〈証拠略〉)及び審尋の結果によれば、以下の1ないし9の事実が疎明される。

1  債務者は、本社を肩書地に置き、東大阪市と徳島県に工場を有し、従業員約一五〇人を雇用して、樹脂原料の製造を行っている株式会社である。

2  債権者は、もと徳島県に居住していたが、平成三年六月二六日、債務者に雇用され、債務者の製造部門を子会社として独立させたリッキー化工材株式会社に事実上配属され、同日から東大阪市の本社工場において、樹脂原料製造にあたる従業員して勤務することとなった。

3  債権者は、樹脂原料二五キログラム入りの袋を持ち上げて、その口をミシン掛けする等の作業を毎日四〇回以上繰り返したことにより、平成五年四月五日、腰痛を起こし、外傷性椎間板ヘルニア、腰部捻挫との診断を受け、以後、労働災害(認定は一四級九号)として同年七月五日まで休業し、治療を継続した。

4  債権者は、担当医師より、就労訓練の上、従前の作業に復帰し、就業することが可能である旨の意見を得たことから、同年七月六日出社し、債務者に就労を申し出た。

5  しかし、債務者は、右同日、債権者に対し、「腰痛再発のおそれ」を理由として、就業規則一八条(解雇の予告を定めたもの。)により同年八月五日付けをもって解雇する旨の予告をした。

6  これに対し、債権者は抗議して解雇予告通知書の受取を拒絶したが、やがて、同年七月九日付け及び同月一三日付けで、債務者代表取締役に対し、「初心に帰って汗を流して頑張り、今後腰痛で休業の場合は自ら責任を取る決意である」旨の二通の念書を差し入れたので、債務者は、同月一七日に至り、右解雇予告を撤回し、同月一九日から債権者を就労させた。その業務は、従前のものと異なり、工場内の廊下、溝等の掃除、ペンキ塗り等であったところ、債権者は、これを不服として、債務者に対し、従前の作業に復帰させるよう申し入れたが、債務者はこれに応じなかった。

7  債権者は、平成五年一一月二五日、債務者から、就業規則一七条四号に該当するとの理由で普通解雇する旨の意思表示を受けた(以下「本件解雇」という。)。なお、就業規則一七条四号には、普通解雇事由として、「従業員の就業状況が著しく不良で就業に適しないと認められる場合(例、無断欠勤)」と定められている。

8  債務者は、解雇予告手当の支払いの提供をしたが、債権者がこれを拒んだため、これを大阪法務局東大阪支局に供託した。

9  債権者は、現在、肩書地所在の債務者の寮に引き続き起居しており、債務者からは寮の明渡しを請求されている。

二(ママ) 本件の争点

1  債権者に、普通解雇事由として就業規則一七条四号に定められている、「従業員の就業状況が著しく不良で就業に適しないと認められる場合(例、無断欠勤)」の事由があったか否か。

2  債権者の経歴等の詐称は、懲戒解雇事由として就業規則五五条三号に定められている、「重要な経歴を偽り、その他不正な方法を用いて採用されたとき。」にあたるか否か。

3  本件解雇は、前記腰痛の発症をみた債権者を排除する目的でなされたものとして、解雇権の濫用にあたるか否か。

第二当裁判所の判断

一  債権者に就業規則一七条四号所定の事由があったか否か

1  (証拠略)並びに審尋の結果によれば、以下の(一)ないし(四)の事実が疎明される。

(一) 債権者は、債務者に雇用された平成三年六月二六日から同年九月一七日までの見習い期間を経過した後、三交替勤務で、リッキー加工材株式会社の押出機の一号機から六号機までの作業を担当することとなった。この作業は、通常は三名一班のところ、債権者を教育するため四名で担当したが、債権者は、切替時の掃除が雑で再点検を必要とする、押出機の運転手順を理解していない、工程検査における製品の良否判定が不十分である、袋詰め作業も中途半端で勝手に作業を中止して場所を離れる等の問題を有し、また、班長の指示に従わず、班の他の者との協調性もなく、作業方法を教育しても覚えようとしなかったため、上司より、課長に対し、平成四年一月二五日付けで、債権者に一号機から六号機までの担当は無理であり、七号機の担当に変えてほしいとの要望がなされた。

(二) そこで、債務者は、平成四年二月から、債権者に、当時松下喜代志が一人で担当していた七号機を、松下と二人一組で担当させた。しかし、債権者は、係長が、債権者用の特別のマニュアルを作成して指導したが、色替え時の掃除もまともにできず、やむなく何度か松下がやり直しをしたほか、製品紙袋の印刷も手順どおりにしないので、上司が再三注意したにもかかわらず、これを改めようとしない等、就業状況に問題があった。また、松下とも些細なことで口論するなど、態度が不良であったので、平成四年三月二〇日、上司から配置転換の要望がなされた。

(三) そこで、債務者は、同年四月から、債権者を、ロール作業に転属させ、古里富彦と二人一組で担当させることとした、しかし、債権者の作業態度は改まらず、そのため、生産量は目標をかなり下回るに至った。また、債権者は、上司から注意を受けると、「何で俺のことをゴテゴテ文句をいうのか。これ以上文句をいうなら殺すぞ。」等と暴言を吐いた。

(四) 平成五年七月一九日に復職して以降の債権者の業務は、前記のとおり、工場内の廊下、溝等の掃除、ペンキ塗り等であったが、債権者は、これを不服として、債務者に対し、従前の職場と作業に復帰させるよう申し入れ、真面目に作業せず、これを上司が注意すると食ってかかるような状況が続いた。

2  これに対し、債権者は、勤務態度が特段不良であったということはないと主張し、(証拠略)にも、これに副う部分がある。

ところで、(証拠略)(古里富彦作成の証明書)には、(証拠略)(ロール作業に関する債権者の就業状況が不良であったことを述べた、古里富彦作成に係る平成五年三月一九日付けの書面)は、本件解雇後、これをめぐる訴訟が予想されるようになった平成六年一月中旬に上司の指示により作成したもので、真実を記載したものではない、との記載がある。そして、(証拠略)(債権者代理人弁護士小林保夫作成の報告書)によれば、古里は、債権者代理人との面接時にも、同代理人に対し、任意にかような事実を述べたことが疎明される。しかし、(証拠略)(いずれも債権者の上司である宮本隆史作成の平成四年五月二九日から平成五年一一月二二日までの日報)には、債権者の右1のような勤務態度を裏付ける記載があるところ、この日報について、特段、後日の偽造や改ざんの事実は窺われない。そして、前記のとおり、債権者の一号機ないし六号機から七号機へ、七号機からロールへの各担当機械の変更が、比較的短期間になされていることにも照らすと、右書証の信用性を否定し去ることは困難である。結局、(証拠略)については、その作成時期は平成五年三月一九日ではなく、平成六年一月中旬であったのではないかとの極めて強い疑念はあるものの、その内容自体を否定することはできず、債権者の前記主張は採用できない。

3  そして、右1において疎明された事実に照らせば、債権者の就業状況は著しく不良で、就業に適しないと認められる場合に該当するものといわざるを得ない。

二  債権者の経歴等の詐称は就業規則五五条三号所定の事由にあたるか否か

1  (証拠略)並びに審尋の結果によれば、債権者は、最終学歴が中学校卒業であるにもかかわらず、債務者に雇用されるに際し、履歴書に「昭和四三年三月板野高等学校卒」と虚偽の学歴を記載したこと、また、職歴については、昭和四三年六月に光洋精工に入社し、昭和五二年ころ同社を退社し、その後二、三の関連企業に勤務した後、昭和六三年九月一九日ライトン株式会社に入社したが、平成元年一一月三〇日学歴詐称等により解雇され、徳島地方裁判所に地位保全等の仮処分を申立て、平成二年一一月二一日、解決金三〇〇万円を受領して同社を任意退職する旨の裁判上の和解をしたにもかかわらず、右履歴書の職歴欄に、「昭和四三年六月光洋精工入社、同六一年二月同社退社、同年八月喫茶店自営業」とのみ記載していること、さらに、債権者には子供がおらず、離婚した債権者の妹の子供である乙居甲世を引き取って養育しているにすぎないにもかかわらず、右履歴書の家族欄に、長男として「甲世」と記載し、扶養手当の支給を受けていたことが疎明される。

2  ところで、(証拠略)によれば、債権者が、右のとおり学歴を詐称したのは、中学校卒業であることを恥じたためであることが疎明されるところ、債務者は、昭和六〇年三月以降は、高卒以上の学歴の者でなければ採用しない方針である旨主張する(〈証拠略〉にも、これに副う部分がある。)。しかし、(証拠略)によれば、右の時点以降も、高卒未満の学歴の者が採用されていることが疎明されるから、債務者において真実この学歴要件を重視していることについては疑問があり、この点は、少なくとも、就業規則五五条三号所定の「重要な経歴」にあたるとすることはできない。

しかし、職歴については、ライトン株式会社への入退社の事実をことさらに偽っているのは、その心情は理解できないではないにせよ、債務者による従業員の採用にあたって、その採否や適性の判断を誤らせるものであり、使用者に対する著しい不信義に当たるものといわざるを得ない。

また、家族構成を偽り、扶養手当の支給を受けていたことは、詐欺罪(刑法二四六条一項)にも該当する行為であり、その不正には著しいものがある。

3  したがって、債権者が右1のように職歴及び家族構成を偽ったことは、就業規則五五条三号所定の「重要な経歴を偽り、その他不正な方法を用いて採用されたとき。」にあたるものというべきである。

三  本件解雇が解雇権の濫用にあたるか否か

前記第一の二で疎明された基本的事実関係のとおり、債務者が、同年七月六日に、一旦債権者を腰痛再発のおそれを理由として解雇したことに照らせば、本件解雇においても、腰痛の問題を抱える債権者を雇用し続けることについての負担を回避する目的も併存していることが強く窺われる。

しかし、前記で疎明されたとおり、右の解雇は債務者において撤回されたところ、前記のように、債権者の復職後、従前と異なる掃除等の軽作業に従事させたのは、債権者の腰痛を慮ってのことであることは容易に推認され(なお、このことは〈証拠略〉からも窺われる。)、このことが、特段、債権者を退職に追い込むための嫌がらせであったとの疎明はない。また、債権者は、前記一及び二で疎明された就業状況不良及び経歴等の詐称の事実は、本件解雇後に調査あるいは証拠を捏造した上、本件仮処分命令申立事件において解雇事由として付加したものにすぎず、本件解雇時においては、もっぱら、腰痛再発のおそれのある債権者を排除する目的に出たものであると主張し、その根拠として、(証拠略)(債務者代理人の申出に基づく徳島県立板野高等学校あての弁護士法二三条の二第二項に基づく照会書)及び(証拠略)(右に対する回答書)の申出が、本件解雇後である平成六年一月六日付けでなされていることを指摘する。しかし、この申出自体が本件解雇後になされたからといって、右解雇時には学歴詐称の事実は解雇事由となっていなかったと直ちに断ずることはできず、むしろ、(証拠略)の「申出の理由」欄の記載に照らせば、債務者は、右申出以前に、債権者の学歴詐称の事実を把握していたことが明らかであるから、債権者の右主張は採用できない。

そして、本件解雇時において、前記のような就業状況不良及び経歴等の詐称の事実も解雇の理由となっていた以上、仮に、腰痛再発のおそれを抱える債務(ママ)者を排除する目的が併存していたとしても、このことをもって、本件解雇が、解雇権の濫用にあたるものとまでいうことはできない。

四  結論

以上によれば、本件解雇は有効になされたものであり、債権者は、既に債務者との間で労働契約上の権利を有する地位を喪失していることとなる。よって、債権者の本件申立ては、争いある権利関係についての疎明がないから、いずれもこれを却下することとする。

(裁判官 原啓一郎)

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